suzumoku

アーティスト・インタビュー

suzumokuは作品に色やにおい、温度まで封じ込め、彼のギターや声はそれらを解放させる。アルバム『Ni』での光に浸っていると、次にシングルとして出て来たのが『真面目な人』。『Ni』で見せた優しさとは真逆と言っていい程エッジの効いたサウンド。 私自身も感じていた社会の歪みを鋭く描いたこの曲にすっかり衝撃を受け、今回は作品のことだけではなく、そんな社会の歪みについても語ってもらった。そしてsuzumokuという表現者が織りなす世界に魅せられた私が提案させていただいた個展「真面目な人 -suzumokuの場合-」についての想いも、改めて聞いてみた。


ー 7月にリリースしたアルバム『Ni』のイメージを引きずったままこの曲を初めて聴かせていただいたら、今回はまたガラッと違う世界だったので驚きました。

ずっとそんな感じですね。極端というのか(笑)。『フォーカス』を出したかと思えば『モダンタイムス』を出してみたり。


ー 両極の美しさに惹かれるとか?

自然とそうなるんでしょうね。『モダンタイムス』のような作品は、本当にそこまで思い切り感情も高ぶった上で出て来たり、その反対に優しい作品というのはその空気に浸って、自分なりにとても幸せなものを感じながら生まれていたり。そういう時は自分自身も気持ちが優しくなっていると思うし、おのずと集中して曲が出来るんです。1日1曲とか。でも逆に中途半端に終わっていて1週間、1ヶ月かけて作っていると結局「何つくってたんだっけ?」ってなっちゃう(笑)。


ー アイデアを一度寝かせてしまうと、後には続かないということですか?

1番まで作ったものを寝かせて、何ヶ月かして2番を作ろうと思った時に、それまで作った部分を歌い直すんだけど、その後が続かないんですよ。一通り出来ていれば思い出しもするんですが、中途半端なものはやっぱり中途半端ですね。


ー そういう意味では、この「真面目な人」はかなり集中して出来たようですね。この曲はいつ頃に作ったんですか?

この曲は昨年には原型が出来ていました。


ー この曲に込めた想いを教えてください。

ニュースを観ていてずっと思っていたことなんですが、例えば殺人事件などが発生した時、近隣の人にカメラを向けてレポーターが犯人に対して質問すると「え、あの人がそんなことする人とは思えませんでした」とか「挨拶もきちんとするし、人付き合いもよくて 真面目な人だったのに」という答えがよく返ってくるじゃないですか。曲が出来上がる前からそういうのを見ていて、ここ数年そういうのがあまりにも多いと思っていたんです。何を秘めているんだろう?って。でもそこを探っていくと、昔ほど近所付き合いが減っているというのも、原因のひとつのような気がしています。両親の話とかを聞いていると、昔は近所にお醤油を借りにいったりというような近所付き合いが普通だったとか。それに町内だと誰がどこに住んでいるというのは大体知っていたり、挨拶も自然にしていたり。


ー たしかにそうでしたね。

でも今は割とマンションなど、ひとりの空間でシールドされた生活になっているじゃないですか。引っ越しの時にご挨拶して終わりとか。だから周囲に誰が住んでいるのか全く知らなくて、何ならそれでもいいやって思ってしまうから初対面の人に会っても結局外面の印象しか持たなくなってしまう気がするんです。


ー 確かに、SNSなど新しいコミュニケーションツールの発達によっての弊害として、リアルな人間同士の付き合い方が下手になっていますよね。それこそ『モダンタイムス』で歌っているようなハチャメチャなモラルで爆発するような…というより、もっともっと気持ちや行動が内側に向いていて、根深いものになってしまう。それでその結果、ある日突然歪んだ形で外側へ放出して。

そうなんですよね。だから『真面目な人』と題して、果たして “真面目な人” を否定するようなことも違うし、丸々肯定するのも違うし。「これを聴いてあなたはどう思いますか?」という曲を作りたかったんです。


ー 答えではなく疑問定義?

はい。そういうのは僕の初期の作品に多い歌い方ではあるんですが、今回は個人のことを歌っているのではなくて、どの人にも当てはまるし、社会に向けるものだと考えています。


ー 歌詞にある ”叩き付ける拳 ファイルされた未来が散らばる それでも跪き 拾い抱きしめる 真面目な人 ” って、現代人の我慢の段階を見事に象徴していますよね。

サビも含め、結構自分にも当てはまる描写も多いんですが(笑)、突発的にむしゃくしゃして何かをバッと叩き付けたり壊したりした瞬間に、壊してしまったものが急に愛おしくなってりするんですよ。

suzumoku個展