ドラム/ヴォーカルのゲイリー・ビッチェ、ベース/コーラスのT-マルガリータ、キーボード/ヴォーカル/コーラス/銅鑼のユコ・カティからなるモーモールルギャバン。ギターレスという珍しい構成の上、ライヴでのゲイリーの破天荒さは強烈だが、今のメジャーシーンの中で、他に類をみない存在感はその潔さにあると思う。美しいものはより美しく、ハチャメチャなものはどこまでもハチャメチャに。中途半端感がまるでないモーモールルギャバンの3月21日発売のアルバム『僕は暗闇で迸る命、若さを叫ぶ』でのレコーディングについて、彼らの音楽的ルーツについてなどについて聞いてみた。
ー 実は前作『BeVeci Calopueno』の時、インタビューさせていただく予定だったんですが、震災で出来なかったんですよ。
ゲイリー・ビッチェ(以下 ゲイリー):あー、あの時はプロモーションの予定が殆どキャンセルになってしまいました。それで実家に戻ったんですが、時間が空いてしまったので募金集めの為に弾き語りでもしようと思い、そういう活動を始めました。
ユコ・カティ(以下 ユコ):結構集まったよね。
ゲイリー:みんな、真剣に聴いてくれて嬉しかったです。
ー『BeVeci Calopueno』ですが、重厚感と美しさが本当にバランスよくて実はとても大好きなアルバムなんですよ。だから今日のインタビューは個人的にもとても楽しみでした。
メンバー:ありがとうございます!!!
ー 活動拠点はみなさん京都なんですか。
ゲイリー:はい。
ー 京都はカルチャーも含め、音楽シーンも独自の文化を持っていますよね。
ユコ:京都はあるねー。何か独特のものが。
ゲイリー:あるある。最初は馴染めなかったなぁ(笑)
ー 馴染めなかったんだ(笑)
ゲイリー:はい(笑)
ー 京都で仲のよいバンドとかいますか?
ゲイリー:友達は沢山いますよ。
ユコ:昨日もね…(笑)
T-マルガリータ(以下:マルガリータ):そうそう、たまたまね。
ユコ:昨日(取材時)、下北沢でライヴだったんですけど、関西で仲良くしていたバンドがたまたま近くでライヴをやっていて、プチ同窓会のようになりました。「東京なのに知ってるバンドばっかり!」って(笑)
ゲイリー:”ネガポジ”の香りがするーって。
ユコ・マルガリータ:そうそう!!!
ゲイリー:「ネガポジ」という京都のライヴハウスなんですが、今でもツアーファイナルはそこでやったりするんです。昔からすごくお世話になっていて。
ー そうなんだ! さて、モーモールルギャバンはエムファン初登場ですので、プロフィール的なことをお伺いします。2005年に結成してから、メンバーの脱退、加入を何度か繰り返してギターレスという今の形になったと思いますが、バンドでギターレスというのは、結構珍しいですよね。発信するアプローチや音に変化はかなりありましたか?
ユコ:ありました。
ー それは大変でしたか?
ゲイリー:大変でした。ギターをガーッて鳴らすと、何が起こってるのか分からないけど、勢いは出るじゃないですか?でもギターがいなくなると、ドラム、ベース、キーボードというものの、ひとつひとつの音が明確に聴こえてきて「オレ、下手だったんだ!」って気付いたし、「あ、マル(マルガリータ)も下手だったんだ!」って気付くんですよ(笑)。
ユコ:音がすっきり聴こえるというか、アラを隠してくれるものが何もなくなったんです。
マルガリータ:確かにそうだね。
ゲイリー:これはウマくならんといかん!って思いましたもん。
ー じゃあ、かなり練習しました?
ユコ:はい。ケアレスなことをしているとバレバレなので、一人一人がスキルアップするように結構頑張ったね。
ー 今作『僕は暗闇で迸る命、若さを叫ぶ』ですが、どちらかというと前作『BeVeci Calopueno』より、はもう少し闇から突き出たポップさと感じました。今作のコンセプトを教えてください。
ユコ:直球ロックです!
ゲイリー:ストレートに伝わるものということと、全曲歌モノでというのは決まっていて、ともかく良い歌を作ろうというのが今回のテーマでした。
ユコ:今迄ストレートにロックをすることをあまりしていなかったんです。ちょっとおもしろおかしい曲だったり、『BeVeci Calopueno』のように遊びの要素が多いものだったりというのはしてきたんですが、意外と真っすぐ自分の日記を読み上げるような音楽をやっていなかったと思って。まぁ私達も年齢的に三十路にのっかって(笑)。そういう意味も含めて心境の変化というのがある時期だったので、青い部分がまだ余韻としてあるうちに、ストレートな音楽を残しておきたかったというのがあります。
ー 今回一番こだわった点はどういうところですか?
ゲイリー:ギリギリまでみんなで悪あがきしたので、全員が納得いくものというのを作れたという部分です。とにかく人に伝わる作品を作りたかったんですが、かと言ってリスナーのみを意識しすぎたものというのも作りたくなくて。やはり本人達がいいと思うものをちゃんとやるということの方が大切じゃないですか。これはローリーさんの引用ですけど、自分らしさを全力で押し付けるのが一番カッコいい姿だと思います。だからチーム全員がギリギリまで悪あがきをして納得いくものを作りたかったです。