長澤知之インタビュー
長澤知之というミュージシャンを表現する時思いつくのは「エッジー」という言葉。存在や音楽すべてがエッジーだが、それでいてこれ以上ないという程優しい世界も持っている。触れると壊れてしまいそうな繊細さを持っている。長澤知之の表現の全ては音楽の中にある。そう思わせる初のフルアルバム「JUNKLIFE」について話を伺いました。
ー 私が長澤さんを初めて観たのは、3、4年前のオーガスタキャンプで、実はずっと気になっていたんですが、昨年のオーガスタキャンプで夕焼け空の下「茜ヶ空」を歌う長澤さんから目が離せなかったです。
嬉しいです。ありがとうございます!
ー 2月に行われたライブ「ライド5」はチケットも早々にSOLD OUTになって、すごい熱気でしたね。
そうですね。スガさんのお陰ですごく盛り上がりました。
ー あの時、「俺はグビ」でギターの音が出なくなってしまって、生声で歌いましたよね。
あれは、ホールの中にピックアップが落ちちゃったんですよ。
ー そうだったんですか。でも逆にすごくお客さんのテンションもあがった気がしました。
なんか盛り上がってくれましたよね。まぁ、ああやって生声で歌う以外に道がなかったんでしょうね。もういいや!って思って(笑)。
ー 先輩、スガ シカオさんと一緒のステージはどうでしたか。
リハーサルですごく緊張してしまったんですが、本番は楽しく出来ました。でもトークになるとふと我にかえって「あ、僕いまステージで喋ってる。」って思っちゃったりして(笑)。
ー 長澤さんのことを知らない方の為に少し紹介させて下さい。
1984年福岡県生まれ。10歳でギターを始めたんですね。
はい。親にねだって安物を買ってもらいました。
ー 8歳でビートルズを観て覚醒したということですが、長澤さんの音楽はバックボーンとしてすぐそれだとわかる感じではないですよね。
あ、それは嬉しいです! ルーツ丸見えというのはちょっと恥ずかしい気がするのでそう思ってもらえるとありがたいです。
ー 福岡のライブ喫茶「照和」でライブしていたんですよね。
はい。17歳位から3年間位やっていました。
ー その時は東京でもライブしていたんですか?
東京でライブを始めたのは19歳の時ですね。一番最初のライブは事務所の会議室でやったんですよ。最悪な思い出です(笑)。
ー 最悪って!(笑)でもそういうの聞いたことありますよ。レコード会社の社員食堂でライブをしたアーティストもいたようですし。
そうなんだ。度胸つける為なのかな?でも他のオーガスタのアーティストに聞いても、誰も経験してなくて。え、僕だけ?って(笑)。
ー 当時、福岡の音楽シーンと東京の音楽シーンは違っていました?
東京のことはあまり分からなかったですが、福岡は色々なバンドが盛り上がっていましたよ。単純にロックバンドだけじゃなくて、ビジュアル系からスカ、パンク、本当に色々いました。昔はフォークミュージシャンが沢山歌っていましたしね。僕も当時はバンドを組んでいましたし。
ー どんなバンドを組んでいたんですか?
大体ガーッてギター掻き鳴らすような普通のロックバンドだったんですが(笑)、ちょこちょこ渡り歩いていましたね。ギターかベースが多かったんですが、たまに自分がフロントマンの時もありました。
ー 今は、バンドスタイルより、ひとりの方がしっくりくる感じですか?
昔はバンドの方がいいって思っていましたけど、でも…うん、今は、ひとりのスタイルの方がいいですね。





























